ボックスカルバート構造をいかす大開口住宅


ボックスカルバート構造をいかす大開口住宅

1.「上野毛の家」の概要

敷地は世田谷区上野毛の緑が多く残る住宅地にある。風致地区にも指定されているため環境は大変良いが、道路境界線、隣地境界線からの壁面後退制限がそれぞれ2メートル、1.5メートルあるために、敷地中央部に建物を配置させざるを得ない計画となった。
建築主は夫婦2人であるが、現在留学している子供等が帰宅した折に滞在するスペースが用意されている。
構成は、2階と1階の半分(西側)が住宅、道路に面した部分(東側)が店鋪、地階が多目的スペースとなっている。また店鋪等は近い将来内装工事を行う前提のため、現段階では最小限の仕上げに抑えている。

構造は鉄筋コンクリート造で、地盤が良好なため、直接基礎方式とした。
コスト的にはコンクリート造としてはローコストの部類であり、ぜい肉を落としたシンプルなデザインが要望された。
また、敷地が細長く、建物の形状もそれに倣わざるを得なかったため、縦方向への連続性を表現する事をテーマとし、4ユニットのボックスカルバートの構造体を連続させる構成とした。


2、ボックスカルバートの特徴と実際の事例への活用例

鉛 直荷重や水平荷重(風や地震荷重)に対し、建物を安全に保持させる構造架構としては、特殊な例外を除いて壁式構造とラーメン構造とがある。構造架構の変形 性状には曲げ変形とせん断変形とがあり、ラーメン構造は曲げ変形が、壁式構造はせん断変形が主となる。壁式構造には木造の在来軸組工法・2×4工法やブ ロック構造が含まれ、小空間で構成される建物・個人住宅などに多く採用される。
通常の柱と大梁で構成されるラーメン構造は学校建築や事務所建築などの大きい空間が必要な建物に採用される。
薄肉ラーメン構造は建物の桁行方向で扁平柱と同じ幅の大梁で構成され、集合住宅などに多く採用される。
ボックスカルバートは概念的には並列された2枚以上の壁の頭部と脚部をつないで口形や口形の構造架構を構成しているものを言い、壁が柱で水平のつなぎ材が 大梁となり、これもラーメン構造の一種である。従って、梁間方向の断面図はどの部分を切断してもほとんど同じ架構となり、桁行方向は細長い壁柱が壁式構造 を構成するのが通常である。
ボックスカルバートの梁間方向は壁の面外の強さや粘りに期待しており、壁式構造は壁の面内の強さや剛性に期待した架構である。
ボックスカルバートのラーメンを構成する壁柱や大梁は幅が大きいが成が小さいので断面の剛性が小さく、建物全体の水平剛性も小さくなり、かつ、各部材の幅が大きく部材重量が重いので外力も大きくなり、変形も大きくなる。

ボックスカルバートは建物の外観計画において梁間はオープンな立面となり、桁行方向は壁の多い閉鎖的な立面となる。また、構造躯体量については一般のラー メン構造より部材成は小さくなるが部材幅が非常に大きいのでコンクリートの量が多くなり、構造的には不経済な建物となる。しかし、構造躯体の外形がシンプ ルになり、内部空間もシンプルな構成になる。


3、ボックスカルバートのメリット・デメリットと具体的な対策

1.空間に方向性が出せること
ボックスカルバートは言ってみれば元来「トンネル」を作る構法であるから、その採用により、いきおい空間に「方向性」が出る、というよりも、出ざるを得な い。建築設計の一つの側面が、日照条件、近隣建物の条件、周囲の景観条件等の諸条件に呼応して、いかに「壁」と「開口部」の方向性を組み立てゆくか、とい う作業であることを考えれば、条件さえ整えば、ボックスカルバートはその建物がのテーマとなるコンセプトに整合した構法になりうる。
建築の考え方に、「ALL OR NOTHIG」という考え方があるとすれば、それを具現化する一つの手法である。

2.ボックスカルバートの連続形態
ただの「トンネル」状の空間が建築空間として成り立つ場合は少ない。逆方向に対してもやはり機能性を追求してゆけば当然開口部が必要になる。小さな開口部 は、壁に「穴を穿つ」ように設ける事は可能であるが、不十分な場合、ボックスカルバートを間隔をもって「連続させる」事が考えられる。ある長さのボックス カルバートの構造体をあるピッチを置いて連続させ、その間を開口部、設備スペース等として機能させる。(上野毛の家)

3.柱、梁が出ないこと
ボックスカルバートの一つの大きなメリットは、柱型、梁型が室内に出ないことである。また、壁式構造と違い、開口部をつくった場合も上部に垂れ壁状の梁が出ないため、究極のシンプルな開口部形状をつくりだす事が可能となる。(烏山の家)

4.設備、水廻りとの取り合い
ボックスカルバート構法で最も難しいのはこの点である。この構法は言ってみれば「全体が梁と柱」の連続体であるために設備配管等を貫通させる事に注意を要 する場合が多い。すべてが「柱貫通」「梁貫通(それも縦方向への)」であるため、欠損が大きくなれば構造体としての強度に保証が保たれなくなってしまう。 また、水廻り等に必要なスラブ段差等も、取りにくい。スラブという感覚であれば、段差を取るのは容易いが、すべてが「梁」と考えられるのこの構法には注意 が必要である。
一つの考え方として、水廻りをボックスカルバート構造である主体構造から「はずす」事が考えられる。(烏山の家)
または、連続型ボックカルバートの場合は、水廻りをその「狭間」に設ける事も手法の一つである。(上野毛の家)

5.シンプルな形態を目指す
コンクリートで複雑な形態を造り出すのは、特に打放し仕上げの場合、特に困難が伴うものである。特にボックスカルバート構法の場合、鉄筋の径も大きいた め、複雑な形状には適さない。設計上、何が本当に必要なものかを突き詰めてゆき、ぜい肉をそぎ落としたシンプルな形態を作ることが求められる。(西大泉の 家)


4、ボックスカルバートの現場監理上のポイント

ボックスカルバートは構造架構としてはラーメン構造であるが、各部材の成が小さいため交差部廻りの配筋が複雑となり、コンクリート打設にあたりジャンカな どが発生しやすい。また、柱成が小さいので施工誤差などにより梁主筋が柱筋に対し手前アンカーになりやすく、各部材同士の一体性が難しくなるので配筋に際 し、鉄筋の加工図を作成して納まりの検討をする必要がある。
ボックスカルバートは通常、コンクリート打放し仕様が多いのでコンクリートの収縮クラックを想定してコンクリート打設後の養生に十分注意を払う必要があ る。具体的には、コンクリート表面の急激な水分の蒸発を防ぐため型枠脱型後ビニールシートなどで湿潤養生や、床上面は散水養生、床下面は型枠を長期間存置 しておく必要がある。


5、打放しと金属、開口部などとの取り合い

1.サッシュとの取り合い
ガ ラスをコンクリートの溝にはめ込むいわゆるサッシュレスの納まりは、内部と外部の連続感を高める上で有効な手法である。ただ、これでははめ殺し窓にしかな らず、開閉が不可能である。これに既製品であるアルミサッシュを組み合わせ、その部分のみ開閉が可能な形状を造り出した。

2.網戸の取り合い
住宅にとって、網戸は不可欠である場合が多い。特に今回の上野毛周辺は、樹木が残り環境が良好である分、虫も多く、絶対条件となった。今回の計画では、先 ほどのサッシュレスの開口部と組み合わせたアルミサッシュ部分の方立にアルミの曲げ物でカバーを作り、その中にプリーツ網戸を入れ込み、通常の網戸があい た状態で、その姿が隠れるようにした。

3.鉄骨階段
最小限の部材で鉄骨階段を造り出すことを意図した。丸パイプを成形し、フラットバーで方杖を出して段板を固定している。手すりは階段と縁を切りそれぞれが独立した構造としている。打放しとの取り合い部分は、極力ベースプレートが出ないような納まりとした。

4.家具
家具基本的に大工造作家具である。材質はシナランバーのOP仕上げで、ローコスト化に留意した。造作家具と打放し仕上げの取り合い部分は目透かし納まりを原則としている。

杉浦英一(杉浦英一建築設計事務所)1、3、5章
吉永光郎(MAY設計事務所)   2、4章


建築知識2003.8月号
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